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伝統食品という言葉は私達日本人には非常に馴染みのある言葉です。伝統食品という言葉を聞いた時、私達はおおよそ和食を思い浮かべるのではないでしょうか。ここでは、和食の中の主要な位置を占める伝統食品を「保存性」、「美味しさ」、「地域性」に着目してご紹介します。

和食は近年、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。これは、和食が単なる日本風の料理としてだけではなく、日本人の精神を体現した和食文化(表1として広く認知された事になります。そのため本稿では、料理に関しては和食、料理と文化に関しては和食文化と区別し記載します。

1 和食文化の要素

参照:農林水産省(「和食」を未来へ。)

食材

南北に長く、温暖湿潤で四季のある島国・日本の気候風土に根差した多様で新鮮な食材

例:米、伝統野菜(大根、ねぎetc.)、山椒・わさび、茶

食べ方

栄養バランスに優れた献立、箸づかいやふるまい、四季の移ろいを表現する盛り付けやしつらえ

例:椀・箸、四季の表現、PFC(1980年)

調理

素材の味わいを活かす調理・調味技術や調理道具

例:醤油(発酵食品)、刺身・出刃包丁、だし・うまみ

日本の伝統

健康長寿を願う昔ながらの行事、家族・地域のあり様と密接にかかわる伝統

例:「いただきます」、年中行事、地域の収穫祭

「日本の伝統食品」の成り立ち

日本伝統食品研究会では、日本の伝統食品とは「特定の誰かが作り出したというよりも、多数の人々で時間をかけ、言わば磨きをかけて後代に遺されてきたもの」としています。

この事について私は「後代に遺されてきた理由」が「食品の保存技術と、食品をより美味しくする技術、を如何に両立させるか?」を、追求する事が鍵であったのではないかと考えています。

私達が生活する現代は、冷凍・冷蔵技術や真空包装技術を始めとした食品加工技術が非常に発達しています。さらに交通網や流通網も非常に整備されているため、短時間のうちに食材を生産者から消費者に届ける事ができます。そのため、日々の食卓では、北は北海道から南は沖縄まで日本全国の様々な食材を選び食べる事ができます。

一方で、それら技術や手段が未発達であった時代は、どうだったでしょうか。食材は自身とその家 族で確保しなければならず、食材を確保するための行動範囲も非常に限られたものではなかったでしょうか。そういった状況下では食材が得られない日もあったと想像されます。さらに気候風土が厳しい土地では、食材を日常的に得る事が一層困難であったと考えられます。食材が得られなかった場合、過去に得られた食材を如何に長期間に渡って食べ続ける事ができるか?そのためにはどのように保存加工すれば良いのか?そういった事を考えるようになる事は自然な事と思われます。

さらに、食材の保存性が一定期間確保されても、その食材が美味しくない場合には、なんとかして、美味しさを高めようと努力したのではないでしょうか。私達が暮らす現代でも、話題性の高い商品が一定期間経過すると、廃れていくものもあれば、定着するものもあります。昔の人々も、食材の保存方法を改良する事や調理方法を工夫する事により、常に美味しさを高めようと考えてきたのではないでしょうか。そのため、保存性と美味しさを両立し、それを追求していく事は伝統食品の存続に不可欠であったかと思います。

「日本の伝統食品」と地域性

ところで、各地域に根付いた代々受け継がれているものとして「郷土料理」という言葉があります。

伝統食品と郷土料理に関しては多くの研究者により様々な見解が成されており、同義語的に扱われている事もあります。しかし本稿では、岡本らが述べている「“伝統食品とは地域の産物を原料にして長い間その地方の住民によって食用にされてきた食品”をさし、“郷土料理とはその地域の特産品をその地方に適した方法で調理したもの”の事」という見解に準じようと思います。つまり伝統食品は「食品」であり、郷土料理は「料理」とします。郷土料理の中には、伝統食品を使用した料理も含まれますし、最近の地産地消の活動や地域振興といった運動により、新たに生まれた観光資源の一つのような料理も含まれると考えます。

農林水産省、観光庁及びJNTO(日本政府観光局)によって作成された「JAPAN’S  TASTY  SECRETS」には日本の代表的な郷土料理が数多く掲載されています。

「くさや」や「ふなずし」のように伝統食品そのものが郷土料理として扱われているものもありますが、「朴葉みそ」や「きりたんぽ鍋」のように伝統食品を原料とした郷土料理も存在します。

伝統食品の「保存性」の工夫

食品を保存するためには、有害な微生物による汚染がない事が必須です。現在は小売店で購入した生鮮食品を冷凍・冷蔵庫に入れる事で容易に長期保存できます。しかし冷凍・冷蔵技術が未発達な時代には、食品を腐敗させずに保存する事は非常に重要なテーマであったと考えます。

昔の人々は長い年月の中で工夫と経験により保存技術を獲得し、日常生活に取り入れてきました。代表的な方法は「乾燥」、「燻煙」、「塩蔵」、「酸蔵」、「発酵」といったものです。これら技術が伝統食品の製法の中で使用されている技術です。

「乾燥」、「燻煙」、「塩蔵」技術は、食品の水分を低下させる事で有害微生物の繁殖を抑制して保存性を高めました。また「酸蔵」技術は食品のpHを低下させる事で有害微生物の繁殖を抑制して同様に保存性を高めました。さらに「発酵」技術は、有益な微生物を繁殖させる事で、有害微生物の繁殖を抑制して保存性を高めました。これらの技術は現在も食品加工をする際に、日常的に食品の腐敗防止目的で取り入れられている技術です。昔の人々は、これらの技術を生活の知恵と工夫で編み出し、組合せる事で伝統食品を作り上げました。

ところで「発酵」と「腐敗」の違いですが、藤井は「食品や微生物の種類、生成物の違いによるのではなく、人の価値観に基づいて、微生物作用のうち人間生活に有用な場合を『発酵』、有害な場合を『腐敗』と呼ぶ」と述べています。

「発酵を利用した伝統食品の中で、日本人が日常的に口にする食品が麹菌を利用した食品です」と言ってすぐに皆様は“ピン”とくるでしょうか。

麹菌は Aspergillus oryzaeと呼ばれ、清酒醸造に永らく使用されている大変著名な微生物です。平成18年に日本醸造学会により「国菌」として認定されました。これは日の丸が「国旗」、サクラが「国花」、キジが「国鳥」などと同様の感覚として言われており、日本の代表菌株として認識されています。

そんな麹菌ですが、清酒以外にも、日本人には馴染み深い「醤油」や「味噌」に始まり「漬物」、「食酢」など数多くの日本の伝統食品の製造に利用されています。

伝統食品の「美味しさ」の工夫

ここまでは、昔の人々が食品の保存性を高める技術について紹介しました。ここで忘れてはいけない事は、これら技術は食品の保存性を高めるだけでなく美味しさをも高めるように工夫されている事です。

「乾燥」技術は、原料をそのまま、もしくは塩漬けや煮熟といった加工処理後、天日乾燥させる事で本来持つ食品の旨味を分解させず、または旨味を凝縮させる事で「美味しさ」を増加させています。また干しナマコのように旨味を凝縮させるだけではなく、生鮮時にはない口触りや舌触りなどの食感も付与するものもあります。

「燻煙」技術は、原料を目的に応じて加工処理後、広葉樹などの燻材を不完全燃焼させて発生する煙で食品にフェノール系化合物やアルデヒド類などの香気成分を付与し、食品自身が有する生臭さなどの不快なにおいを消失させる事で私達の嗜好性を上げています。従来、貯蔵が主目的でしたが、現在はスモークサーモンなど美味しく食べる事を重視した食品が沢山つくられています。

「塩蔵」技術は、食品を塩漬けする事で食品に塩を浸透させ塩味を付与し、美味しさの向上をは かっています。また「塩辛」や「魚醤油」といった食品は、塩蔵する事で微生物汚染を防御しながら、魚体自身が持つ酵素によって、ペプチドやアミノ酸といった旨味成分を増加させて、複雑な風味をつくっています。

このような「保存性」や「美味しさ」を高める技術の中でも、微生物を利用する「発酵」技術は「美味しさ」を高める技術として非常にユニークなものです。「発酵」技術を利用した伝統食品は多数存在しますが、利用する原料も微生物も各々の伝統食品によって随分と異なっています。

例えば、大豆を納豆菌により発酵させた、茨城県の特産品である「納豆」は、微生物がアミノ酸やペプチドなどの旨味成分を増加させるだけではなく、ネバネバ成分(ポリグルタミン酸)をつくる事で特有の風味と食感を有する食品にしています。また茶葉をカビと乳酸菌により発酵させた、高知県に伝わる「碁石茶」は、微生物の作用により、茶類の渋み成分の一つであるカテキンを減少させ、乳酸を増加させる事で他のお茶と比較して酸味が強くマイルドな渋みを有する嗜好性飲料にしています。カブ菜を乳酸菌により発酵させた、長野県で代々製造されている「すんき漬け」は、漬物の中でも食塩を使わない無塩漬物で、乳酸菌がカブ菜の糖質を有機酸へ変化させる事で、爽やかな香りとほどよい酸味を楽しめる食品にしています。

さて本稿では「和食」の代表的な伝統食品の中から、紙面の関係上『味噌』と『鰹節』について焦点を当てて取り上げます。どちらも国菌の麹菌と麹菌の仲間(乾き麹菌)が優れた活躍をする事で「保存性」と「美味しさ」の向上を担っています。

味噌について

全国各地に、原料や製造法が異なる様々な種類の味噌があります。保存性に優れており、栄養価 も高い事から、戦国時代には兵糧として育成され、各地の農作物事情や気候、風土に適した味噌が造られてきたと言われています。そのため、伝統食品の中でも地域性が色濃く残る食品であると言えます(図1

味噌は主材料により米、麦、豆味噌に分類され、この分類は使用する麹(原料に麹菌を繁殖させたもの)に由来しています。また米、麦味噌は味や色により細分化もされています。日本では、米味噌が国内生産量の8割を占めており主流です。また九州地方では麦味噌、東海地方では豆味噌が造られています。

1 各種味噌と地域

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味噌づくりは、米、麦、豆(穀物原料)に麹菌を加えて麹をつくる事から始まり、その麹と蒸煮大豆と塩を同時に仕込みタンクに詰めた後、発酵熟成させます。発酵熟成時に、麹由来の酵素の働きにより原料成分が低分子化され、その低分子を耐塩性の微生物が作用する事で、味噌の香味が生成されます。

ところで市販の味噌をみると、甘口(甘)味噌や辛口味噌があります。その味の差を生み出す一つに麹と塩の配合量が関わってきます。麹と塩の配合には一定の原則があり、塩の量により腐敗防御の観点から、熟成期間や発酵温度が調整されます(図2。その結果、仕込みタンク内の発酵熟成工程で生じる現象が異なり、甘口(甘)味噌や辛口味噌の差が生じます。代表的な味噌の一般成分値とアルコール含有量を2に記します。

 2 経験的伝承技術(麹と塩分の配合)の仕組み

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2 味噌の一般成分値と主なアルコール含有量

「醸造物の成分」(第33回全国味噌鑑評会出品味噌の一般成分値 平均値)抜粋
 

食塩
(%)

直糖
(%)

タンパク分解率
(%)

グルタミン酸
(mg/100g)

酸度I
(ml)

米味噌

甘味噌

5.8 25.6 16.6 273 6.13

淡色系辛口味噌(漉し)

11.9 15.7 21.0 430 9.22

赤色系辛口味噌(漉し)

11.9 15.0 22.6 449 11.9

淡色系麦味噌

10.5 17.7 24.0 486 9.5

赤色系麦味噌

11.0 18.1 24.5 472 11.2

豆味噌

11.1 5.9 29.1 1081 25.87

 

味噌100g中に含まれるμg, T=痕跡 「醸造物の成分」抜粋
 

ethanol

2-propanol

propanol

isobutanol

butanol

isoamyl
alcohol

amyl
alcohol

米味噌

甘味噌

    T~6.1 2~100 2~32 6~756  

淡色系辛口味噌(漉し)

T~108   T~136 15~45 T~16 99~484 T~16

赤色系辛口味噌(漉し)

366   0.8~1.2 41~120 25~199 132~716 12~26

淡色系麦味噌

98~ T T~62 37 T~12 85~323 T

赤色系麦味噌

    0.9~65 9~108 4~5 61~238 67~121

豆味噌

79~238 T T~39 4~346 T~34 8~24 22

 

発酵温度が高い甘い味噌の場合、熟成期間が短く、乳酸菌や酵母の働きも抑制されるため、有機酸や発酵香の生成が少ない事が知られています(表2)。また原料である米、麦、豆にも各々特徴があり、例えば、麦や豆はタンパク質が多いため、旨味成分が強くなる傾向があり、米や麦は糖が多いため、その糖を微生物が変化させる事で香気成分が複雑になる事が知られています(表2)。

このように、味噌は地域性により原料が異なり、さらに塩蔵、発酵技術を巧みに使用する事で、保存性と美味しさが追求された伝統食品となっています。

鰹節について

和食に不可欠な旨味成分の一つ、イノシン酸を豊富に含む代表的な伝統食品に鰹節があります。鰹節は製法により、大きく荒節と枯節(本枯節)に区分されており、取れる出汁が異なる事が知られています。鰹節の製造と写真を図3に記します。

図3 鰹節の製法概略と製法写真

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煮熟後、焙乾したものを荒節と呼び、荒節の表面を削り、乾き麹菌を複数回カビ付けしたものを枯節(本枯節)と呼んでいます。一般的に荒節は、焙乾由来の燻臭により力価の強い出汁が取れ、枯節(本枯節)は、乾き麹菌の作用により、特有な芳香の付与、魚由来の生臭みの軽減、脂肪分の減少が起きる事で枯節特有の上品な出汁が取れると考えられています。鰹節は燻煙、発酵技術により、保存性と美味しさが追求された伝統食品となっています。

鰹節の起源は諸説あります。室町時代から干しカツオに「焙乾(受動的)」する鰹節がつくられ始め、江戸時代初期、紀州の鰹節職人により能動的に焙乾する技術が鰹節(熊野節)に導入されました。その後、熊野節の製法を土佐(土佐節)や薩摩(薩摩節)が取り入れ代表的な鰹節産地となりました。ところが当時の鰹節は、乾き麹菌とは別の悪カビが発生し易く、品質が悪くなり易かったようです。そこで、職人達は焙乾の徹底と乾き麹菌を生やす事で悪カビの発生を抑制した土佐改良節を経験的に編み出しました(枯節の誕生)。その結果、各地域から江戸や大坂への輸送が可能となりました。

江戸時代後期になると、紀州の鰹節職人が土佐改良節の製法を伊豆(伊豆節)に広めました。その後、焼津(焼津節)にも広まりました。伊豆ではカビ付けを重ねる事でさらに美味しさが増す事が編み出され、焼津において乾き麹菌を3〜6回付けた本枯節が誕生したと言われています。

さいごに

伝統食品に伝わる先人の知恵や工夫は、現在の科学的視点からもみても合理的技術が多く、大変 興味深いです。近年、伝統食品は技術が伝承されないうえに、伝承者の高齢化に伴い、失われつつあると言われています。さらに工業化などに伴い、製法が変化する事で、本来の伝統食品とは似て非なるものもあると言います。この機会に文化を感じるために、和食を支える伝統食品に注目してみるのも良いのではないでしょうか。

加藤大輔(2017)

<参考文献>

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