未知の土地への旅

私が小笠原を発見した日

早朝、水平線に太陽が姿を現し、海面を銀色に照らしはじめた…フェリーで東京を出てから25時間後のことだった。見渡す限り陸地も船も見えず、ただひたすら水平線とどこまでも広がる大海原だけの世界だったところに、ふいに海鳥が現れ、船の煙突から流れる煙の中で旋回ダンスを舞いはじめた。あれほど待ち望んでいた、あれほど遠く離れた陸地が近いことを鳴き声を上げて教えてくれたのだ。

最初の陸地が現れた。4,800万年前に生まれた太古の岩肌を見せながら、長い間保存されているという島々…。東京から1,000キロ以上南方にある小笠原諸島は亜熱帯に属し、古くからボニン諸島とも呼ばれていた。「ボニン」は日本語の「無人(ブニン)」に由来する呼び名で、その名が示すとおり、長い間海洋に隔絶された未知の土地だった。しかし今では、少なくとも主島は無人島ではないため、それもあてはまらない。とはいえ、この名前から、16世紀にこの島々を発見した探検家たちの衝撃がどれほどのものだったかをうかがい知ることができる。

小笠原諸島は、火山活動から生まれた島々で、これまで一度も大陸とつながったことがない。まるで生き物のように、その吐息を海面に吐き出すさまは、地球の地下活動や海底活動の目に見えるシンボルとして、今なお私たちに偉大なる大自然を見せつけてくれている。2013年に小さな新島が生まれたことからも、自然が自己表現を続けていることがわかる。それに比べると人間などほんの一瞬の存在にすぎず、この自然を保護することがいかに大切であるかを、如実に示している。長旅でもうろうとした頭で、自然の力と豊かさ、そしてその脆さにも思いを巡らせているうちに、我々の目指す島の山肌が見えてきた。

ことのはじまりは数カ月前、日本に出張した時のことである。研究所で調香師やチームメンバーが控え目に、遠慮がちに、ある計画について私に語りはじめた。それは何年も前から温められていたようだが、実現するのが困難な小笠原諸島の探索計画だった。小笠原諸島は、世界で最も知られていない野生の自然を残している島々で、ここには土地固有の生物種が数多く自生している。その特異な生態系が評価され、2011年にユネスコ世界自然遺産に登録された。この計画の目的は、小笠原でしか見られない花々の香りを採取して、そのエッセンスつまり小笠原の香りのDNAを称えることだった。

私はこの話に衝撃を受け、熱狂し、たちまち夢中になった。私にとってこの計画は、象徴的な意味で大きな意義があった。グローバル化した現代社会では世界中に大量の情報があふれ、文化の画一化が地域の独自性にまで影響を及ぼしつつある。その中で、まだこの地球上に人知れず存在する失われた土地があることを紹介するのはきわめて重要なことだ。そこは生物多様性の宝庫であり、その土地の記憶、その起源、その複雑性、つまり現代の時間の流れにゆっくりと、少しずつ適合しながら進んできた進化の過程の痕跡を残す宝庫なのだ。だが何にもまして、私たちの生息環境である自然を保護することがいかに差し迫った課題であるかを示す象徴的な存在でもある。

この計画に私の嗅覚的好奇心もかきたてられた。陽光が降り注ぐ未知の土地に旅立ち、これまで嗅いだことのない花々の香りに鼻をかざし、この世界から立ちのぼる香りの刺激的なコレクションを持ち帰ることになるのだ。自然に限界はなく、たえず発想やイマジネーション、そして官能的な感情や素晴らしいひらめきの源泉となることを、この計画は証明してくれるだろう。

その数カ月後、私はこうして旅立った。

地下鉄の出口から外に出て、2棟のビルの間から港が現れると、私はもう身震いしていた。東京といえば、渋谷の賑わいや銀座の高級街、原宿の喧騒ばかりが思い浮かび、東京が海に臨む都市であることを忘れがちだ。だが、海はそこにあった。私のすぐ脚元に、ゆったりと波が打ちよせ、建物を濡らしている。これから、小笠原まで25時間の船旅が始まる。おそらくまだその多くが秘密のベールに包まれている土地に向き合うのだ。心の準備をするためにも、このくらいの時間はあってもいいであろう。この旅は、それだけの価値があるのだ。

東京湾から船で旅立つのは感動的な体験だった。船が港湾に沿って進むと、ビルのように巨大な船から大きなクレーンが山積みの積荷を下ろしている。吊り橋の下を通りながら、自分の存在が小さく思えてくる。大都市の裏舞台をこっそり見学している気分にもなった。やがて海岸から遠ざかり、沖の船もまばらになり、水平線が無限に広がってきた。燃えるような夕日が沈み、船の横揺れのリズムに合わせて夜が訪れると、時が止まったように感じられた。船は未知の土地に向かって航海していた。

ついに私は小笠原を発見した。まるでジュラシック・パークのように、太古のままの岩々が小島を形づくり、やがて青々とした植物に覆われた島にたどり着いた。私は足を踏み入れ、そして期待が裏切られることは決してなかった。小笠原での時間は、豊かで脆い自然の中にただこの身を投じることであり、そしてそれは、自然の美しさだけではなく、自然がいかに移ろいやすいものであるかを体験することであった。島を歩き回ると、切り立った海岸、真っ白な砂浜、靄がかった多湿の森を見ることができた。樹木ほどの高さのある先史時代のシダ類が生い茂り、そのシルエットが空にくっきり浮かび上がる。私たちは、薄暗い原始の森に入り込んでいた。繊細なツバキの花を愛でると、エデンの園にいるかのような心地にもなった。エキゾチックで鮮やかなハイビスカス、甘く心地よいレモンの香りを放つ花々、そして青い蛍光色のきのこ。まるでSF映画の世界だった。つる植物が絡みついた木々は、ターザンの森にタイムスリップもさせてくれた。

小笠原の自然環境は世界にも稀な存在であり、その多くが固有種である。400種を超える植物が南北の島にまたがる生態系を形成し、その35パーセント以上が他のどの場所にも生息していない。このような土地に足を踏み 入れるのがどれほど恵まれたことかを実感するのは、入山前の準備をする時だ。外来種が侵入しないように衣服に付いた異物を払い落し、靴の泥を払い、酢酸スプレーをかけることが求められる。自然はかくも危ういバランスで保たれているのだ。小笠原の自然は、いわば進化という細い糸の上を歩く綱渡りのようで、この糸はいつなんどき切れてもおかしくないほど脆いのだ。

この旅は、壮大な叙事詩となった。それは、失われた自然の美を求める旅であるとともに、自己の内面に入り込む旅でもあった。この無謀にも見え、不可思議な世界に満ちあふれた冒険を知ってもらうために、この紀行文と現地で撮影した写真を紹介できることを誇らしく思う。

また、当社が現地で採取したヘッドスペース・コレクションのおかげで、この土地固有の植物の香りのエッセンスを保存することができた。あなたが小笠原を訪れる時は、この香りのエッセンスを手掛かりにして、少なくとも嗅覚を通じて、あらゆる感覚を目覚めさせてほしい。

あなたの感受性が呼び覚まされ、敏感に刺激を受け止めることができれば、小笠原の自然の真髄に近づき、素晴らしい香料開発につながるだろう。

Arnaud Guggenbuhl (2015)
(発行時はTakasago Europe Perfumery Laboratory S.A.R.L所属)