出汁の風味

ダシについて

“料理のおいしさって一体、何?” そんな視点から考えてみます。料理を食べる時、誰もが一口目を口にした時の風味から、単純に「おいしい」「おいしくない」という感覚を直感的に感じるはずです。それは調理人が腕を振るった調理加減や、スパイス、素材の善し悪しなどを想うより前にです。その単純な感覚を与えてくれるのが、その料理の「基礎」「骨格」となる部分、つまり口の中での風味の広がりを構成する部分である“ダシ”の役割ではないでしょうか。

ではダシとは何でしょうか。“味のある植物素材や動物素材を水で煮出したりして、その旨み成分を水に抽出したもの”と、定義できます。しかしそれはおいしさをもった素材の味を、ただ水に移し取っただけのものという単純なことではないはずです。日本料理でダシと言うと、動物系の「鰹ダシ」、植物系の「昆布ダシ」を思い浮かべます。それは和食の文化の中で育ってきたダシです。では他国の文化ではどのようなダシが育っていたのでしょうか?料理は国によって大きな違いがあります。それはその国の文化と共に育ってきたものであり、味の歴史ともいえます。それゆえに、ダシの引き方の考え方も大きく異なります。次から世界の料理における代表的なダシについて、比較してみたいと思います。

世界の料理におけるダシ

フランス料理

フランス料理におけるダシには、主にスープに使われることが多い「ブイヨン(bouillon)」と、主にソース類・料理のベースとして使われる「フォン(fond)/フュメ(fumet)」があります。

1. ブイヨン

基本的に牛のすね肉と鶏肉を使い、ニンジン、タマネギ、リーク(Leek;西洋ネギ)、ニンニク、セロリ、トマト、ブーケガルニ、スパイス等を長時間煮込んで作ります。牛肉特有の濃厚な旨みをしっかり取り込んで味の骨格とした上に、香辛野菜の旨みとハーブ・スパイスの香り付けをしたダシです。

このブイヨンをベースに、さらに牛肉、香辛野菜とスパイスを入れて6~7時間かけて静かに煮詰め、卵白を用いて澄んだスープを取ると、コンソメスープとなります。濃厚で澄んだブイヨンに、さらに味を重ねていく手法で取られて極限に味を濃縮したもので、Consomméのフランス語の意味である「完璧な、完成した」の名に恥じぬスープとなります。

2. フォン/フュメ

フォン/フュメには多くの種類があります。呼び名のフォンとフュメには意味の違いはなく、ある種のフォンをフュメと呼んでいます。

●フォン・ド・ボー(仔牛のダシ)

オーブンで焼き色を付けた仔牛のすね肉や骨を、炒めたニンジン、リーク、オニオン、ガーリック、セロリと共に鍋に入れ、トマト、ブーケガルニ等もあわせて8時間程度煮込んだ、茶色のダシ。煮込まれた深い牛肉の香りにブーケガルニの風味が重なります。

●フォン・ド・ヴォライユ(鶏のダシ)

家禽、主に鶏を使って野菜、ブーケガルニ等と共に4時間程度煮込んだ白色のダシ。白い家禽の甘い香りとブーケガルニが重なった風味です。

●フォン・ド・カナール(鴨のダシ)

鴨のガラをニンニク、ナッツ油と共にオーブンで焼いたものを、別に炒めたミルポワ(ニンジン、オニオン、セロリ、エシャロット等)と、フォン・ド・ボーの二番ダシ、トマト、ブーケガルニと共に寸胴鍋で3時間程煮込んで作られる鴨のダシです。

●フュメ・ド・ポアソン(魚のダシ)

淡白な白身魚、主にヒラメの骨にオニオン、ニンジン、エシャロット、キノコなどを加えて火を通し、そこに白ワインを加え、香草類を入れて煮込みます。ややローストされた素材の香りと煮込まれた白身魚の甘さが感じられ、わずかに香辛野菜が香ります。

その他にもフォン・ド・ダニョー(仔羊のダシ)、フォン・ド・カイユ(うずらのダシ)、フォン・ド・ジビエ(野禽〈鹿、キジ、鳩、鴨等〉のダシ)等々。フランス料理には数多くのダシが存在します。共通するのは、その素材が持つ深い旨み、素材を生かした濃厚な味を引き出している点です。じっくりと時間をかけてダシを取り出し、そこに新たな素材の旨みを幾重にも重ね、さらに旨みを凝縮させていく。旨みを重ねていくことで。複雑で濃厚な旨みを求めていくという感じです。フランスでは全体に深く重い素材の香りの上に、香辛野菜やブーケガルニ等が香るタイプのダシが多い印象です。

中国料理

中国でダシは「湯(タン)」と呼ばれます。中国は国土が広く、また歴史も長いため数多くの料理が存在し、ダシもまた然りです。そのためここでは大きな分類上の2品と、その特徴的なものを挙げてみます。

●清湯(チンタン)

清湯とは読んで字の如く、濁らせない清らかに澄んだ味を特徴とするダシです。原料は丸鶏、アヒル、豚すね肉、豚骨、ネギ、生姜片等。肉は湯通ししてアクを抜き、他の原料と鍋に入れて4~6時間煮出します。この時に「蝦眼水(エビの眼のような細かい泡ができる程度に静かに煮る)」の状態jを保てるよう火加減に注意し、スープを濁らせずに旨みを引き出すことが重要です。このようにして取るスープは、脂感よりも肉感の旨みが感じられる風味となります。

●白湯(パイタン)/乳湯(ナイタン)

白湯、もしくは乳湯と言われるのは、白く濁ったコクのあるダシです。原料は清湯とさほど変わりませんが、材料が焦げ付かない程度の強火で、比較的短時間で煮出すことによって、原料中の油脂が乳化状態となり、白く、濃く、深いコクのあるスープとなります。このスープは素材由来の脂の旨みが厚く感じられる風味となります。

●上湯(シャンタン)

これは清湯の一種に分類されますが、中華料理のダシの最上級品と呼ばれ、特徴のある湯なので紹介します。原料となるのは、イタリアの「プロシュート」、スペインの「ハモン・セラーノ」と共に「世界三大ハム」の一つに数えられる「金華火腿(キンカハム)」です。

金華火腿の原料となるのは両烏豚と呼ばれる小型の豚で、中国・浙江省の金華市で、脂肪となる穀物は与えずに、干した茶殻や白菜等を乳酸発酵させた飼料のみを与えて育てられます。そうして脂肪分を少なく引き締まった肉質の豚を目指して育てられた“金華豚”から金華火腿は作られます。
この金華火腿は旨みの主成分である遊離アミノ酸量が非常に高く凝縮された高級品で、ダシとするには最適です。この高価な原料を惜しげもなく使い、鶏がらや豚肉と共に弱火で6時間ほどかけて旨みを取り出した最上級の清湯、それが上湯です。

タイ料理

タイ料理には鶏のダシ、チキンストックを使います。これは近年、華僑によって伝えられた中国料理の影響を受けて広まったと言われています。湯通しした鶏がらを、タマネギ、セロリ、コリアンダーと共に4時間ほど炊きだしたスープは世界三大スープに挙げられるトムヤムクンのベースとして用いられます。

メキシコ料理

メキシコにはカルド(Caldo)と呼ばれるダシ、スープストックがあります。スープの原料としては牛、豚、鶏、羊、魚介等、様々な原料が用いられますが、一般的なものは「鶏のカルド」で、鶏がらではなく丸鶏を使います。それをタマネギ、ニンジン、セロリ、ニンニクと一緒に水から4時間ほど炊き上げ、濾して作られます。そのスープを取った鶏肉もそのまま具に使い、野菜、チリ、アボガドを合わせた鶏のスープや、トマト、トルティーヤ、フリホーレス(メキシコの豆)、アボガド、ニンニク、チポトレ(燻製したチリ)、海鮮類等、メキシコ特有の食材を用いた様々なスープのダシとして用いられます。

インド料理

意外にも、インド料理にはダシに当たるものが存在しません。それは、宗教による影響が大きく動物系原料から旨味を抽出するという文化が根付かなかったからだとも言われているそうです。そのため、よく言われる日本のカレーとインドのカレーの違いはダシに由来する旨味成分の有り無しだと言われています。

日本料理

日本料理のダシといえば、代表されるものは鰹節出汁と昆布出汁ではないでしょうか。鰹節には核酸成分のイノシン酸、昆布にはアミノ酸成分のグルタミン酸が多く含まれています。

●鰹ダシ

日本には数多くの魚節がありますが、その代表といえば鰹節です。鰹節の種類として、製法による分類では、なまり節・荒節・裸節・枯れ節があり、部位・大きさによる分類では雄節・雌節・亀節と、細かく分かれます。鰹節からは日本料理やそば・うどん向け、ラーメン向けまで様々なダシが取られます。一般にそば・うどん向けには0.5~1.0mm程度の“厚削り“と呼ばれる節が多く使われ、沸騰させた湯に30~40分程度入れ、抽出することで力強いダシが引かれます。最近では“薄削り”を使い、10分程度でダシを引いてしまうことも多いようです。また、日本料理向けのダシには0.05mm程の極薄削りの花かつおが多く用いられます。これを沸騰手前の湯の中に入れて、わずか1分もたたないうちにすぐに湯から上げ、抽出を終えます。

●昆布ダシ

昆布は上品な旨みを引き出せる素材で、ダシとして鰹節と併せて用いられることが多いです。昆布を水に2~4時間程度つけて加熱せずに旨みを出す「水出し」、30分程度水出しした後、緩やかに加熱して沸騰前で昆布を取り出す「煮出し」、その煮出しで昆布を取り出してすぐに続けて鰹節でダシを引く「一番ダシ」、いずれも上品で澄んだ味のダシとなります。

日本料理のダシの特異性 - 複雑さと単一さ -

さて、ここまで世界の料理のダシを挙げましたが、日本料理のダシの考え方にだけ見られる特徴についてご紹介します。世界のダシのいずれもが、深く濃い旨味を求めて長い時間をかけ、幾重にも素材を重ねてダシを取り、複雑なおいしさ、旨み成分を引き出すことを目指しています。しかし日本料理のダシ、特に吸い物用の鰹節のダシは全く逆の発想です。素材を目一杯薄く削る、つまり素材の表面積を極限まで広げて、ごく短時間で味を取り出します。この短時間であっという間にダシを引いてしまう手法は、他国に例を見ません。これは鰹節の中に含まれる短時間で溶け出しやすい旨み成分だけを取り出すためです。時間をかけると不要なえぐ味・酸味・渋味が出てしまうので、抽出素材の中のすっきりした味だけを“選んで”取り出すというわけです。

昆布ダシにしてもそうです。「水出し」の方法で引くダシも他国では見られない手法です。昆布を高温で加熱すると煮崩れしてアルギン酸が溶出し、粘度や雑味が出てしまう。そのため、低温で時間をかけて引く。これも必要な成分だけを“選んで”取り出しており、日本独特の手法と言えるでしょう。必要なところだけを取捨選択して取り出しているダシ、それが日本料理のダシの特徴なのです。濃い味を重ねていき、不要な部分はアクとして取る、香草で隠すというような世界の一般的なダシの考え方から見ても、取り立てて特徴的なのではないでしょうか。

また短時間で抽出を終えれば加熱による香気損失も少なくなり、軽い香気成分を多く含んだダシが取れると言うことになります。味だけではなく、香りにおいても、軽く好ましい鰹の香りだけを切り取り、長時間加熱による生臭さは取らない、という特徴を持ちます。それはお吸い物のような“綺麗に澄んだお椀の汁”には重要なポイントです。同じく澄んだスープであるフランスのコンソメなどとは考え方が大きく異なり、ダシの香りという点においても世界と比較して日本は特徴的なのです。

もう一つの日本文化のダシ、ラーメンスープ

先程、日本料理のダシとしては挙げていませんでしたが、日本文化の一つとして多くの人に支持されている“ラーメン”も外せません。ラーメンは本来“中華そば”と言う名だから中国料理じゃないか、と思われるかもしれません。確かに最初はそうだったのかもしれませんが、長年に渡り日本で進化を続け、今や日本独自の食文化と言えるまでに分化した料理だと思います。

そのラーメンスープは、動物原料と香辛野菜を長時間加熱抽出して多くの旨みを重ねます。ここは中国の「湯」、海外のダシと同じです。しかしそのスープの完成間際に魚介系素材を加えて短時間でそれらの旨みと香りを加えます。または魚介系中心の素材のダシを別の釜を使って短時間で取り、それを時間をかけて作った動物系スープに混ぜ合わせるWスープの手法で作られるラーメンも最近では珍しくありません。長時間かけた外国式のダシに、短時間で抽出する日本式のダシの伝統を複合したラーメンスープは、最近の流行である“ハイブリットな”ダシと言えるのかもしれません。

清湯と白湯の香気成分

中国のダシとして前述した「湯」。2種類の「湯」の、原料に鶏だけを用いて清湯と白湯を別々に炊き上げ、双方の「湯に」おける利点を得られるように2種類を混ぜ合わせた、合わせダシ手法を用いるスープ料理があります。高砂香料ではそれぞれの「湯」における特徴的な香気成分について研究・精査し、2012年の高砂香料セイボリーシンポジウムにおいて、その清湯と白湯の研究発表を行っています。

まとめ

現在の日本における食環境は、自国の伝統料理のみならず、世界中の文化を持った各国の料理に囲まれています。そして昨今はそれらの加工食品も、広く市場で目にする事ができます。その加工食品における美味しさを表現する手段の一つとして、食品香料、フレーバーがあります。私たち香りの研究者はその料理のおいしさを感じる香りの構成を考える時、常にその料理の調理過程・香りの由来について熟考した上でなければ、本物の持つ奥深さは表現し得ないと理解しています。今回はそういった考えを基に、ダシの味と香りの由来についても考えてみました。そして長時間の調理を得て生み出される香りや、短時間で素材から“選ばれ得る”香りの生い立ちを、一つの切り口から考察しました。本稿が食の基本となるダシの味と香りの由来を改めて考えていただく機会となり、今一度ダシの理解を深めることが、食と香りの基本風味を理解するための一つの手段になるであろうことを感じていただければ幸いです。

石田洋史 (2013)

<参考文献>

  • 1)
    石川康彦『料理食材大辞典』主婦の友社
  • 2)
    黒川雄一『食材図鑑Ⅱ』小学館
  • 3)
    Raymond Oliver『オリヴェ ソースの本』柴田書店
  • 4)
    城悦男『ヴァンサン 城からのメッセージ』柴田書店
  • 5)
    渡辺庸生『魅力のメキシコ料理』旭屋出版
  • 6)
    『The food of Thailand』ASIA BOOKS
  • 7)
    『中國名菜譜』柴田書店
  • 8)
    和久豊・角田潔和・進藤斉・小泉武夫「中国の発酵ハム“金華火腿”の一般成分・アミノ酸・5‘-ヌクレオチド及び微生物相」日本食品工業学会誌 第41巻 第12号P63~68(1994)
  • 9)
    藤村和夫『そばつゆ&うどんだし』食品出版社