和柑橘 −より本物感のある香料の開発を目指して−

はじめに

柑橘は世界で最も生産量の多い果実であり、食品や飲料としてだけでなく、香水や洗剤などの香粧品にも広く用いられています。現在、市場ではさまざまな種類の柑橘を目にすることができますが、近年、和柑橘に対する注目度が高まっており、和柑橘を題材にしたさまざまな食品や飲料が発売されています。和柑橘の持つ「上品な」「清々しい」「落ち着く」「懐かしい」といったイメージが再認識されつつあるのではないでしょうか。
本稿では、日本原産種に限らず、「和」のイメージを持つと思われる品種をあわせて「和柑橘」として取り上げ、より本物感のある香料の開発に向けた香気分析のアプローチについて紹介したいと思います。

代表的な和柑橘とその香気成分1~4)

現在、日本では25種類以上の柑橘が栽培されていますが、その中で代表的な和柑橘といえば、最も生産量の多い温州ミカンをはじめ、伊予柑、夏ミカン、八朔、ユズ、スダチ、カボスなどが挙げられるでしょう。一方、西洋柑橘と言えば、ネーブル、バレンシア、マンダリン、グレープフルーツ、レモン、ライムなどをすぐに思い浮かべるのではないでしょうか。まずは、代表的な和柑橘をいくつか紹介しながら、西洋柑橘の特徴香気成分との違いについて考察してみたいと思います。

温州ミカン

日本産柑橘の代表といえば、温州ミカンでしょう。香りは比較的弱いのですが、甘くて食味が良く、果皮が薄いために剥きやすいのが特徴です。原産地は鹿児島県で、約500年前に中国浙江省から入った種子から偶発実生によって発生したといわれています。収穫時期により早生種、中生種、並温州、晩生種に分類され、多くの栽培品種が存在します。
果皮油の香気成分は、Limoneneやγ-Terpineneなどのテルペン炭化水素が約98%を占めます。一般に柑橘の特徴香気とされる含酸素成分ではLinaloolが最も多く、α-TerpineolやDecanalがこれに続きます。植物学上同じ種類に分類される地中海マンダリンやタンジェリンと比較して、ウッディな香気を有するセスキテルペン炭化水素が多いのも特徴です。また、果汁の含酸素成分としてはIsoamyl alcohol、グリーンノートを持つtrans-2-HexenalやHexanalなどの低沸点の脂肪族化合物の含有率が高く、果皮油の組成とは大きく異なっています5)

伊予柑

スイートオレンジのような芳香と適度な甘酸っぱさを持ち、温州ミカンに次ぐ生産量を誇ります。1886年に山口県で偶発実生として発見され、当初は穴門蜜柑(あなとみかん)と呼ばれていましたが、松山市に移植されてから伊予蜜柑という名称で出荷されていました。後に、愛媛産の温州ミカンとの混同を避けるため、伊予柑と呼ばれるようになりました。現在は生産量の約8割を愛媛県が占めます。
果皮油の主成分はLimoneneやα-Terpineneで約95%を占め、含酸素成分ではLinaloolが多く、アルデヒド類が少ないのが特徴です。

夏ミカン

日本では温州ミカン、伊予柑に次いで生産量が多く、4月から5月が熟期の晩生種です。1700年頃、山口県長門市の海岸に漂着した柑橘の種子を播いたのが起源といわれ、ブンタンの血を引く自然雑種と見なされています。甘夏は夏ミカンの突然変異種で、果実に酸味が少なく、現在では夏ミカンの生産量の大部分を占めます。果汁は清涼飲料や温州ミカンの果汁に混ぜて、果皮はマーマレードの原料として用いられるのが一般的です。
果皮油の香気成分では約97%をLimoneneやα-Terpineneなどのテルペン炭化水素が占め、含酸素成分ではα-TerpineolやDecanalが多いのが特徴です。

八朔

全国的に栽培され、日本で第4位の生産量を誇る柑橘です。1860年頃、広島県で偶発実生として発見されました。植物分類上はブンタンの近縁種です。果皮は厚く、果肉はやや硬く果汁は少ないのですが、酸度が低いため食べやすい柑橘です。
果皮油の香気成分はLimoneneなどのモノテルペン炭化水素が約99%を占め、西洋柑橘に比べて含酸素成分の含有率が少ないのが特徴です。

ユズ

日本人に最もなじみの深い香酸柑橘といえばユズでしょう。日本での栽培の歴史は古く奈良時代前後といわれていますが、原産地は中国の長江流域とされています。料理の香り付けや酸味付けなどの食用以外にも、ユズ湯などの入浴剤の香料としても人気があります。
爽やかで華やかな独特の風味を持つため、香気成分に関して国内を中心に精力的な研究が行われてきました。果皮油中の微量香気成分としてcis-9-Dodecenolide、2,6-Dimethyl-2,7-octadien-1,6-diol、
6-Methyloctanal、8-Methylnonanal、8-Methyldecanal、1,3,5-Undecatriene、
1,3,5,7-Undecatetraene、Dimethyltrisulfide、1-p-Menthen-8-thiolなどが報告されています6~10)
世界を代表する調理用柑橘であるレモンと比較すると、モノテルペン炭化水素が約96%と高いのは同じですが、レモンではNeralやGeranialなどのアルデヒド類やエステル類が多いのに対して、ユズではLinaloolやフェノリックな香気を有するThymolなどのアルコール類が多いと報告されています11)。また、ウッディな香気を持つ重要な成分としては、レモンではβ-Bisaboleneやα-Bergamoteneが、ユズではBicyclogermacreneやGermacrene Dなどが知られています。

スダチ

ユズの近縁品種で、果肉は柔軟多汁でユズに似た芳香を持ちます。現在の主要産地は徳島県ですが、原産地や由来は不明です。焼き物の香り付けや食酢などに加工されて利用されています。
果皮と果汁の香りの質は異なっており、特徴的な香気が存在するとされる含酸素成分は、果皮油ではLinaloolやローズ様の香気を持つCitronellolが多いのですが、果汁ではこれらの含有率が低く、α-Terpineol、Decanal、Dodecanalが高いのが特徴です12)

カボス

ユズやスダチとともに日本でなじみが深い香酸柑橘です。薄くて滑らかな果皮を持ち、果肉は柔軟多汁で酸が強く、独特の風味を持っています。果皮は薬味に、果汁は焼き魚の香り付けなどに利用されています。大分県の特産ですが、原産地や由来は不明です。
レモンやライム、ユズやスダチの香気成分と比較して、果皮油の含酸素成分としてはOctanal、Decanal、Dodecanalなどの直鎖アルデヒド類の含有率が高く、Linaloolやα-Terpineolなどが低いのが特徴です13)。また、カボス独特の香気を有する特徴香気成分として(R)-(+)-Citronellalが報告されています14)

和柑橘果汁の香気分析

今まで述べてきたように、従来から和柑橘の香気分析に関して様々な研究が行われてきています。ここでは、品種間の特徴を明確に捉えた、より本物らしい香りの再現を目指して、当社で取り組んでいる果汁の香気分析手法について紹介します。

含酸素画分分析

一般に、柑橘の果皮油や果汁の香気成分は、その大部分がLimoneneをはじめとしたテルペン炭化水素が占めますが、特徴香気成分は残りの含酸素画分に存在します。
伊予柑、夏ミカン、八朔、清見、不知火、三宝柑の6種の和柑橘について、ストレート果汁から溶剤抽出法とSolvent Assisted Flavor Evaporation (SAFE)法により得られた香気抽出物を、シリカゲルカラムを用いて炭化水素画分と含酸素画分に分画し、GC/MS分析を行いました。表1に含酸素画分中の主要成分の含有率を示します。品種によって各成分の含有率に大きな相違があるのが分かります。夏ミカンや八朔には、グレープフルーツの特徴香気成分であるNootkatoneの含有率が高いことも分かりました。更に詳細な成分解析を行うことで、品種間の成分バランスの相違が明確になり、果汁の香気特性と成分バランスとの相関関係が見えてきます。

表1 和柑橘果汁の含酸素画分中の主成分の含有率(%)

和柑橘果汁の含酸素画分中の主成分の含有率(%)

匂い嗅ぎGCを用いた香気貢献成分の探索

香気貢献成分を探し出す手段として、匂い嗅ぎGC (GC/Olfactometry, GC/O)は重要です。GC/Oを用いたスクーリング手法としては、Aroma Extract Dilution Analysis (AEDA)がよく利用されます。これは、得られた香気抽出物を段階的に希釈しながらGC/Oを行い、最終的に何も香気成分を感知しなくなるまで繰り返して、それぞれの成分が感知された最高の希釈率をFD (Flavor Dilution)ファクターと呼ぶものです。FD ファクターは香気貢献度の指標と見なすことができます。
前述の柑橘果汁6種の含酸素画分のAEDAを行った結果、FD ファクターの最も高い成分はいずれの品種においてもLinaloolでした。それと同時に、品種によってLinaloolの香気特性が異なることも判明しました。このことは、Linaloolの光学異性体比率が品種によって異なる可能性を示唆しています。

香気貢献成分の光学異性体分析

天然の果皮油や果汁に含まれる香気成分の中には、光学異性体を持つものが数多く存在し、これらのキラル化合物の光学異性体比率は品種により異なることが知られています。光学異性体間で香気特性や閾値は異なっており、天然の光学異性体比率に合わせて調合することで、より天然の香りに近い香料の開発が可能になります。
和柑橘果皮油中のLinaloolの光学異性体比率をマルチディメンジョナル(MD)GCを用いて分析した結果、プチグレン様のウッディノートを有する(-)-異性体は温州ミカンやユズに過剰に見られ、ラベンダー様のフルーティーノートを有する(+)-異性体は伊予柑や不知火、スダチに過剰に見られることが分かりました(表2)15)。今後、果汁についても、Linaloolをはじめとした香気貢献成分の光学異性体比率の分析データを調合へ展開することが期待されます。

表2 和柑橘果皮油中のLinaloolの光学異性体比

和柑橘果皮油中のLinaloolの光学異性体比

終わりに

和柑橘は日本人の繊細な味覚に合った、世界的に見てもユニークな柑橘です。日本の柑橘生産は実に多品種で、毎年新しい種が次々に誕生しており、清見や不知火など特徴のある風味を持った品種も産み出されています。日々進歩する分析装置の存在と相俟って、和柑橘をターゲットとした香気分析への興味が尽きることはありません。
シトラス香料はまだまだ果実由来の天然原料が骨格となった調合が主流ですが、これまでに述べてきたような分析のアプローチから得られる知見を活用し、また官能評価手法や統計解析手法と組み合わせることで、より本物感のある香料の開発が可能になるものと思われます。

富山 賢一(2008年)

参考文献

  • 1) 佐藤公一ら:果樹園芸大辞典 (養賢堂1972).
  • 2) 農林水産省統計部資料 http://www.maff.go.jp/j/tokei/index.html
  • 3) 日本香料協会編:香りの百科事典 (朝倉書店2006).
  • 4) 岩堀修一、門屋一臣編:カンキツ総論 (養賢堂 1999).
  • 5) I. Yajima et al., Agric. Biol. Chem., 43, 259-264 (1979).
  • 6) Y. Matsuura et al., Int. Congr. Essent. Oils, 18, 152-153 (1980).
  • 7) I. Watanabe et al., Int. Congr. Essent. Oils, 9, 78-82 (1983).
  • 8) K. Tajima et al., J. Agric. Food Chem., 38, 1544-1548 (1990).
  • 9) H. S. Song et al., Flavour Fragrance J., 15, 245-250 (2000).
  • 10) 湯川千代樹ら:日本食品化学学会誌、1、46-49 (1994).
  • 11) S. M. Njoroge et al., Flavour Fragrance J., 9, 159-166 (1994).
  • 12) 楊栄華ら:日本食品工学会誌、37、946-952 (1990).
  • 13) 楊栄華ら:日本食品工学会誌、39、16-24 (1992).
  • 14) N. T. M. Tu et al., J. Agric. Food. Chem., 50, 2908-2913 (2002).
  • 15) 原史子ら:第43回香料・テルペンおよび精油化学に関する討論会講演要旨集、360-362 (1999).